今回、五月あかりと周司あきらの二人で話し合うのは、トランスジェンダーの個々人に大きな影響力をもち、シスジェンダーの視聴者も多くいるであろうYouTubeです。
A:五月あかり(出生時に男性を割り当てられたが、現在は女性に埋もれて生きている。トランスジェンダー)
B:周司あきら(出生時に女性を割り当てられたが、現在は男性をやっている。トランス男性)
※会話では、MtF=トランスジェンダー女性(トランス女性)、FtM=トランスジェンダー男性(トランス男性)という表記をとくに区別なく、流れのまま用いています。
【トランスジェンダーとYouTube】
A:あきらさんはトランス のYouTuberさんって観る?
B:昔はめっちゃ観てた。性別のことばかり考えてた時はお世話になった。でも今は全然トランスのYouTuber観てないなー。
A:そうなんだ、わたしも性別移行を始めたころとかは、必死に観てたよ。ちなみに、今もMtF系のYouTuberさんは結構みてる。あきらさんは、なんで観るのやめたの?
B:トランスジェンダーっぽくなくなっちゃったからかなぁ。
A:そうだよね、性別移行のノウハウとかを知るために観てたんだとしたら、性別移行が終わっちゃったら観る必要なくなるよね。そういうこと?
B:そうね、あと移行後で男としてどう生きるかっていうテーマをあんまりFtMのYouTuberはしてなかった印象がある。
A:なるほど。
B:海外のトランスマンの論文だと、トランスジェンダーとYoutubeについて書かれてるのもあるくらい、トランスにとってYouTubeの影響は大きかったと思うんだけど。
A:ふーん、確かにすごいことではあるよね。自分以外のトランスの人から、性別移行したりとか、ホルモンのこととか、情報を手に入れるために、昔の人がどうしてたのか、想像つかないもん。YouTubeは生身の姿が観れるから、トランスにとっては本当に役に立つよね。
B:そうそう。情報があることで具体的な人生に組み込むことが可能になったとは思う。それに、なんていうか、だいたい自分以外のトランスに会ったことがない人の方が多いだろうし、動いてしゃべってる人が観れるっていうのは、一種のトランスのコミュニティがYouTubeに形成されてるような気分になるんだよね。
A:うんうん。
B:だからYouTubeだけでなく、ネット空間はトランスにとって大事な場所なんだと思う。
A:分かるわ~。動いて、喋ってるトランスの女の人を見たのは、わたしもテレビのニューハーフさん以外ではYouTubeが貴重な機会だったかも。ていうか、衝撃だよね。こんな風になれるんだ!って。
B:それはそうだね。すっかり性別変えて生きてるYoutuberを観ると、それが叶っていない状態の自分と完全に別の状態に見えてたし。勇気づけられるのもあるけど、あまりに違うので、萎えてしまうのはあるかも。自分には無理かもっていう絶望感もある。
A:それも分かる!YouTubeで「MtF」とか「ニューハーフ」とかで検索して出てくる人たちって、やっぱりめっちゃ綺麗な人が多いし、性別移行をする前のわたしも、そうやって出てきたMtFさんを観て「こんなの無理だよ…」「わたしにはなれない…」って絶望してた。
【能力主義のしんどさ】
B:可視化の政治の、なんとも言えないところだね。それにさ、結局こう、どうしても能力主義がばりばり出てきてしまうのも辛いところがあるね。
A:そうだね…。
B:頑張れば変われるよ!っていう風潮、YouTuberの本人も抱えてきただろうし、それを観る、まだ性別に納得できていないトランジション前の人の気持ちといったら。
A:そうだよね…。なんとも言えない。MtFさんの動画をちょっと見たら分かると思うけど、MtF系でYouTubeを始める人って、メイク動画を撮ってることが多いのね。
B:あぁぁ。女性全般、メイク動画とかの男性にないことしてるって印象あるけど、MtFだととりわけそうってことか。
A:そうそう。例えば最近だと、ちゅるちゃんねるとか、ちゃんさらさんとか、メイちゃんさんとか、メイクすごい好きだし、メイク動画多いし。もちろんメイクが好きな女性がメイク動画をアップするのは何でもないことなんだけど、やっぱり彼女たちは個人の努力で「女になる」っていう、信じられないハードルを、自分の腕1つで超えてきたんだなって、思わされるかも。
B:ふんふん。なんかトランスのことをYouTubeで調べてた時、FtMだけでなくMtFも観てたんだけど、メイク動画は個人的な興味がわかなくて飛ばしてたんだけど、それはあかりさんの言う通りかもね。
A:なんか、メイクって、「ザ・努力」って感じなの。
B:ああーーー!!!「可愛いは作れる」みたいなね。
A:そうそう。作れるんだよ~。可愛くなれるの。つまり、メイクの腕前は、努力で延ばせるの。MtFさんでも、変えられないことってあるじゃん?身長とか。肩幅とか。でも、メイクの腕前は、上達できるし、努力したら女性の見た目に近づけるんだよ。
B:理解したわ。FtMが筋トレ動画上げてるのと同じね。
A:そうです!
B:「筋トレしましょう」って言っても、怪我してるとか障害があるとか、近所にジムがないとか、筋トレ器具を買う金がないとか、筋トレできない人もいるはずなのに。「努力しましょう」って言っても努力できない環境にある人もいるのよ。
A:ほんとにそうだね。今日すばらしい気づきがあったわ。MtFのメイク動画と、FtMの筋トレ動画は同じ説が爆誕した。
B:すごい、トランス同士でお互いの様子はそこまで探らないじゃん。だから意外だね。
A:そうね。わたしFtMの動画とか全然みないし、男が筋トレしてる動画なんて、死んでも観ないわ。
B:ひどい…!
A:今はメイクと筋トレだったけどさ、やっぱりトランスのYouTuberさんを観てて感じるのは、圧倒的な自己責任論みたいな雰囲気があること。
B:あぁ。政治的な方面に言及しにくいのはYouTubeの特徴かな。
A:そうだね。
【政治的な正しくなさ】
B:何ていうか、別の話になっちゃうけど、「性転換手術」とか「元女子」とか、政治的に正しくない言葉づかいを自己責任論と一緒に取り入れちゃうことになるから、そこは気をつけなきゃなと思う。
A:言葉づかいのこともあるよね。でも、責められないよわたし。
B:そりゃそうだ。
A:みんな必死に生きてきてさ、性同一性障害とかMtFとか性転換とかニューハーフとか、今だと「正しくない言葉」ってされてる言葉だとしても、その言葉に出会うことができただけで絶対めっちゃ人生が変わったはずなんだよ。救いだった言葉もあったはずだし。
B:だからYouTubeはめちゃくちゃ「トランスジェンダー的」だなと思う。
A:どういうこと?
B:わりとトランスの状況が詰まってる。それに今だと、メディアで無駄にトランスジェンダーが取り上げられることがあって、「トランス女性」っていう言葉が使われるじゃん?でも逆に「MtF」って言葉を使い続けていたら、「トランス女性」とかで検索してむやみにヘイト言説にからめとられずに、小さな当事者コミュニティで性別移行の情報を摂取することができてる。
A:なるほどね。当事者の人で「自分はトランス女性」って言ってる人、YouTubeにはそもそもそんなにいないよね。だから、最初にYouTubeを開いて、性転換とかMtFって言葉を知って、それで他のSNSとかで、比較的安全に情報を摂取できるなら良いことだね。
B:う~ん。YouTubeにはYouTubeの言いまわしがあるよね。それが良いとか悪いとかじゃなくて。
A:そうだね。ただ、YouTubeでトランスさんの動画を観てる人って、特にMtFだとほとんどがシスヘテの男性なんだよね。だから、そういうトランス当事者じゃない視聴者層が、正しくない言葉とかをそのまま「これで良いんだ」って使うのは、ちょっと嫌かな。
B:あぁ。すっかり忘れてたわ。シスのやつら(の存在)。ポルノ視聴者と同じ感じなのかな。
A:というと?
B:え、そのまま。トランスのポルノを観るのはトランス当事者がトランスの身体を知ろうと思って観てるわけではなく、圧倒的にシスヘテの人だよね。
A:はいはい。そういうことか。でもなんか難しいね。繰り返しになっちゃうけど、性転換とかニューハーフとか、「元男の子」とか、「正しくない言葉」を使ってトランスのYouTuberが自分たちを表現したり、動画とって広告収入を得たりしてるのは、全然責められない。でも、やっぱり何万人も登録者がいる人が「実は「元男」でした!!」みたいなドッキリ動画とか撮ってると、「あぁやっぱり、私たちはいつまでも偽物扱いだし、過去を笑いものにしてもいい存在のままなんだなぁ」って感じる。
B:そっか。私自身はトランスのYouTubeをトランスのコミュニティのものとして見なしすぎるあまり、シスの視聴者がいるってことをすっかり忘れてるんだわ。
A:いや、それはわたしが観てるのがMtF系の人だからだと思う。YouTuberさん自身もよく言ってるけど、視聴者の大半は中年の男性なんだよ。MtFだと。青木歌音さんも、40~50代の男性が一番多いって言ってたし、実際その人たち向けに動画作ってるな、とは思う。
B:そうだったな。FtMのYouTuberの動画を当事者以外で誰が観てるのか想像がつかない。
A:確かに。誰が観てるんだろう…?
B:なんかレズビアンの延長って感じで、クィア系の女性とか、ボーイッシュ系の女性とかが、自分の関心の範囲内で観てるケースはあるのかな。でも、FtMという存在を知らないから調べようもないか。
A:それに、わたしがあなたの紹介してくれたFtMさんの動画とか観てる感じだと、申し訳ないけど女性の延長線上にいるというよりは、ただの男性だよねみんな。
B:そうだった(笑)。ひょっとしたら会話の中に女を生きていたところの共通点を見いだすかもしれないけど、絵面が「男」だからなんとも。
A:そうだよね。YouTubeはビジュアルが圧倒的に重みをもつから、言葉のうえでは女性としての経験を話していたりしても、見た目が男だとねぇ。
【YouTubeを観るとき】
B:話変わるけど、YouTubeってメンタルやられてるときに一番観やすかった。性別のことでやられてるときも、YouTubeだったら観られた。だからこそ、トランスで悩んでる人にとっての第一歩になるのかなって。
A:それはある。文字が読めないとか、しんどいときも、動画を観るのはできるっていう感じだよね。動画って、放っておいても情報が流れてくるから。自分から「読みにいく」必要がないんだよね。Twitterとかより全然気持ちが楽に観れる。
B:そこでTwitterか(苦笑)。私はブログとか性別移行のログとかを念頭に置いてた。いろいろある情報源のなかならYouTubeが発掘しやすいんじゃないかなって。Twitterでその人の人生を知ろうとしたら、何年も遡らないといけないから。
A:そうだね、ごめん性別移行の情報を手に入れるためにTwitterする人はいないね。
B:最近はあまりに雑音が多すぎるから、これからは何が性別移行する人にとっての良い情報源になるのか、よく分からないな。
A:でもそれこそYouTubeとかインスタとかなんじゃない?
B:これからは元気がある人には往復書簡(『埋没した世界』)が情報源になるといいな。
A:私たちのね。でも、文字が多いから、メンタルが落ちてるときに読めるかな…。
B:無理無理。
A:だよね。でも、言葉の上ではたくさんのことを書いたから、色んなトランスの人に読んで欲しいね。自分はちゃんとしたトランスジェンダーじゃない気がするけど、性別移行してもいいのかなとか、した方がいいのかなとか、悩んでる人がいたら読んで欲しいね。
B:往復書簡だと、YouTubeみたいな視覚情報とは違う変化について書かれてるから、それは読まれてほしいかな。匂いのこととか、性欲や性感覚の変化とか、あるいは変わらなさについて。
A:そうだね。あとは、なんだろう。YouTuberさんが語る性別移行の話って、やっぱり昔から心は女性でしたー、みたいなのが多いから。
B:最近はそうじゃない言葉で説明してる人も増えてる印象あるけどね。
A:あら、そうなの?
B:うーん、当然人によるんだけど、これから性別移行するぞ!っていう人はジェンダーアイデンティティが女だ男だ、心の性別が、って言うことを強いられているようなプレッシャーにさらされてるし。でも性別移行して、ある程度納得する性別として生活してる人なら、自分は性別にこだわりないですとか、言いやすいかもね。
A:なるほどね。それで思い出したんだけど、たまにニューハーフっぽい人のなかで、自分のことを「オカマ」って自己紹介する人がYouTuberさんにもいて、明らかに女性になってるんだけど、心が女性でした、みたいなことは言わない人いるかも。
B:性同一性がないけど女性をやってるタイプのトランスの人ね。私も似たようなもんだよ。
A:うんうん。性同一性のないトランスジェンダーについては、往復書簡を参照だね。
B:宣伝してる(笑)
【MtFとFtMの違い】
A:ごめんごめん。でも真面目な話に戻るんだけどさ、トランスジェンダーでYouTubeやってますってなると、やっぱり自分の幼い時のこととか、個人的なことも話す人が多くなるじゃない?そうすると、どうしてもテンプレ的な「性同一性障害者/トランスジェンダー女性(男性)」のストーリーをなぞるような語りが多くなってる気はするんだよね。
B:シスジェンダーの視聴者向けのサービスでもあるのかな。
A:それは思うねー。ごく稀に、「最近までゲイ男性でした」ってさらっと言うタイプのMtFさんもいるけどね。多くのMtF系YouTuberの人は、昔からジェンダーアイデンティティ(心の性別)がちゃんとあって、気づいたら女性だったよ~っていう人が多い印象。
B:そうか。
A:ごめん、たぶんMtF系とFtM系でYouTubeの動画のタイプが全然違うのかもしれないね。
B:FtMは、同じFtMの目を気にして作ってる気はする。とりわけ顔出ししないで、でも生活や治療のことを伝えようとしている、YouTuberなんだけど埋没系のトランスの人は、一般のシスの視聴者に観られようとはしてない気はする。
A:ふんふん、なるほどね。そういう当事者向けのチャンネルの方が、きちんとした性別移行の情報は得られるよね。MtF系だと「ホルモンでおっぱいは大きくなるの?」とか、当事者の人も参考にするだろうけど、どう見てもシスヘテ男性の興味関心で再生回数を稼ごうとしてるもん。
B:トランス男性の立ちションのやり方とか、シスの男女は知りたがるんだろうか…?
A:はは(笑)
B:別に知らなくて結構なんだけど。
A:知りたくはないだろうね。興味もないだろうし。
B:トランス男性の置かれてる性的な不能とか、排せつの困難とかって、障害のある人のカテゴリーと同じなんじゃないかって気もする。
A:ふむふむ。前もルッキズム対談で言ってたよね。
B:そうね。「トランスジェンダー」かつ「男性」として見たときのトランス男性って、面白がられる要素が見出されるにくいのかな。
A:なるほどね、そういうことね。障害に近いから、見ても楽しくないとか、話題にしにくいとか、消費しにくいみたいなことね。
B:それもある。あと、ジュリア・セラーノさんの『ウィッピング・ガール』によると、男性であると思われている人の女性性はネタにされるし、フェミニンな男性やその延長線上のトランスの女性がネタにされることはあるんだけど、逆はあまりないって。みんな、男性性に向かっていくものをコケにしづらいんだろうね。
A:ふーん。確かに、男性が女性的な仕草をしたりとかは、めっちゃ馬鹿にされるし、面白がられるし、その延長でMtF的な人がネタにされてるのは、そんな気がする。やっぱり私たちって一般社会では「マツコ・デラックス」的な存在だと思われてる節がある。
B:日常生活でトランス女性的な人と何度か会ってきた経験からいうと、全然…両者は結びつかないんだけどな。
A:メディアの力だねぇ。だからこそ、YouTuberさんの影響力も、怖いかな、とは思う。
【トランスのYouTuberからもらったもの】
B:そっか、じゃぁ逆に好きなYouTuberさんとか、個人的に励まされた人とか、いる?
A:いっぱいいるよ~~~。
B:どういう目線で観てるの?
A:うーん、仲間!
B:あぁ、サバイバー?違うか。
A:うぅん、違わなくないよ!なんか、同じ壁を傷だらけになりながら超えてきた仲間なんだって思うだけで、もうなんか愛おしいんだよ。
B:マジか!私、FtMのYouTuberに対してそんな情を抱いたこと1度もないかもしれない。
A:うそ~~!ないの?この人も、沢山つらいことがあって、一杯努力して、今があるんだなぁ、みたいな。すごいしょうもない下品な動画でもさ、感じちゃう。人生を。それで、生きてくれててありがとう、幸せになってね、ってなる。
B:すごいいっぱい想いが詰まってるね。私も一時期はトランスのルーティーン動画とかでも、「生きてていいんだ」っていう、一種の驚きをもって観ていたときはあるよ。
A:わかる。
B:なんていうか、私の現実があまりに辛すぎるときは、YouTubeにアップできている動画を観ても、同じ境遇の仲間として観れてないし。一方で、ある程度自分の性別が落ち着いている状況だと、トランスのYouTuberを観なくなってしまっているという。
A:ジレンマだね。もしかするとわたしは、性別移行の情報を集めるというよりも、同じ境遇を生きてきた人が動いて話してる姿を観たくてYouTubeを観てるのかも。というか実際そうだわ。
B:そっかそっか。逆に私はなんでそうじゃないんだろう?
A:実利を優先してるんでしょ。
B:ははは(笑)冷たい奴やな。
A:ミニマリストだもんね。私も一時期は性別移行のための情報を集めてはいたけど、なんかそのときは、もう何がどうなろうとも性別を変えないといけないのは明らかだったから、情報収集をする、みたいな計算ができてなかった気がする。
B:そっか、私は勉強熱心だから、性別移行の情報収集のため1日5~6時間は毎日観てた。
A:マジかよ。すごいね。私は情報収集じゃなくて、自分みたいな人間が生きている姿を確認して、そのことで毎日を1日ずつ死なずに生きるみたいな、そんな風にYouTubeを観ていた時期もあるよ。ただ、やっぱりときどき応援してたMtFさんが自殺未遂したりとかして、辛くもなるけどね。とにかく、動いて生きてるトランスジェンダー、特にMtFさんを観られるっていうのは、愛おしいのよ。
B:めちゃくちゃ愛おしいということは伝わったよ。なんかさ、トランス男性的な人で、ある程度性別移行が終わっちゃうと、自己啓発的なビジネスマンみたいな方向に進んで、表に出てしゃべってる人もいるような。
A:そうなんだ。
B:そうすると、MtF系の人が垣間見せてくれる「この世との不調和」みたいな状況とはだいぶ違って…。
A:この世と調和してるのね。これはわたしの勝手な観方なんだけど、やっぱMtF系のYouTuberさんがどれだけ女性に埋もれてても、きれいでも、成功してても、どっかに深い悲しみを観ちゃうんだよね。なんか、だから自己啓発の方向とか、ビジネスマン、みたいな人はあんまりいないのかなって思ってる。みんなサバイバーなの。将来のこととか考えてる人の方が少なそう。
B:世界中から自分の性別を否定されてきて、まともに立ってられる方が稀有ですね。これはトランス男性も同じだけど。
A:そうだねぇ。だから、やっぱりYouTubeとかに動画を上げて、そこそこ再生されてる人は、一握りの成功者ではあるんだよね。必然的に。性別移行で苦しんで、人前に自分の顔や声を出すなんて、想像もできない人だって、多いもの。
B:だから逆に、YouTubeできる人はすごい励ます役割も担っているのか。
A:なるほど、そういう風に考えたことはなかった。でもそうかも。でも自己責任論きついのよ、MtFは。だから励まされるよりは蹴落とされる感じになることもあるね(笑)
B:そりゃつらいね。
【権利はいらない、って】
A:ちゅるちゃんとか、歌音ちゃんとか、「LGBT」っていう言葉をめちゃ嫌ってるの。
B:ちゅるちゃんも?
A:うん、言葉そのものが嫌いかどうかは、ごめんわかんないんだけど、権利ばっかり求めて駄々こねてる奴らは許せない、みたいな。自分はこんなに努力して、綺麗になって、周りに頭を下げて、一生懸命関係を築いて生きてきたんだから、そういう努力をしないで「差別をやめてください」とか権利を主張するのは、わがままだって、よく言ってる。
B:ふーん、自己責任論ってあるべき権利を抑圧したり、人を死に至らしめたりもするからきついね。
A:うん。彼女たちがああやって強く生きなければならなかったのは、彼女たちの責任ではないんだけど、ちょっときつ過ぎるときはあるかな。あんなこと言ってたら社会もよくならないし、彼女たちみたいに強く生きられない人は死んでも当然、ってなっちゃうと、MtFのほとんどは死んじゃう。でもそれくらいの死線を超えないと女性への移行に耐えられないっていうのも、真理かもしれない。なんかもう、ぐるぐるしちゃう。
B:なんてリアクションしたらいいのか分からないよ。それはそうなんだけど。
A:ごめんね。でもさ、例えばYouTubeでMtFが性別移行の情報を調べようとしたら、真っ先に出てくるのは「スザンヌみさき」さんなの。でもスザンヌみさきさんの動画を少し観ると分かるんだけど、彼女は色んな意味で社会性が壊れてるの。
B:うん、状況は想像できるよ。
A:なんか、やばいのよ。もう、社会に合わせて社会道徳を守ろうとか、そういう世界を生きてないの。それは生きるのに必死だったからだし、おんなじようなトランス女性のために力になれるなら、それ以外のことは何もいらないってスタンスでもあるんだろうけど、なんか見てて辛くなる時ある。道徳が壊れてるもん。自分が生きること、仲間が生きること、それ以外の倫理が存在してないの。
B:なんか、漫画のラスボス感あるね。すげー、ある方面では良いやつだった、みたいな。
A:ははは(笑)。そうかもね。
B:世界中がトランス女性に対して敵意を差し向けるかもしれないなかで、スザンヌさんは最後まで味方でいてくれる的な。
A:そうね、どうなんだろう。もちろん、スザンヌさんもお金のために動画やったり、手術の紹介料をもらったり、とかはしてると思うけど、熱意がすごいんだよね。ときどき不正確なことも言っているけど、性別移行についての情報を欲してる当事者のニーズにピンポイントで応える動画を作ってる。人生をトランスジェンダーに捧げてる。ただ、繰り返しになるけど自己責任論きつめ。
B:わたしはFtMの動画を圧倒的に観てきたけど、印象が違う気がするわ。
A:そうだね。
B:FtMはね、彼女(恋人)さんが登場したり、女性のYouTuberとのコラボもあったり、道徳が壊れてるというよりは、意外と社交性を発揮している気がする。
A:そうなんだ、すごい。
B:ゲイ男性のYouTuberとコラボしたり、他のFtMを呼んできたり。そんなに多くはないけど。
A:そうなんだ、MtF系だとコラボ動画とかないよ全然。たまにMtF系同士でコラボしたりするけど…。
【YouTubeの規制】
B:個人的な話だけど、一番FtMから私が知りたかったのは身体のことだった。でもYouTubeって規制あるじゃん。手術後の胸とか、クリトリスが大きくなるとか、動画では観られない。だから最終的には手術を受ける予定の病院に問い合わせないと写真を見たりできなくて、そういう意味では情報源としては限られてたかな。
A:なるほどねー。MtFでも、同じ問題はありそう。下半身は。でも、そこまでもどかしいなと思ったことはなかったかなぁ。ホルモンで顏の様子が変わっていくのとか、時系列で観れたのはすごい助かった記憶があるけど。
B:MtF系だと、顔面とか胸の手術の報告動画上げてる人いるよね。
A:うんうん。
B:FtM系だと、知りたい身体の情報が規制にかかってるぶん、言葉でしゃべって補おうとするんだけど、そうするとただただ下品になってしまうという(苦笑)。
A:まじ、どういうこと?
B:身体のことを面白おかしく語って盛り上げようとするから。
A:そういうことか。品のないトーク、あるよね。MtF系でも「性別適合手術で○○!!」みたいな。あるよ~。中身はただのオペ報告なんだけどね。
B:はははは(笑)
【トランスジェンダーたちの分業、分断】
A:すごい話変わるけど、政治的なトランスYouTuberってこれから存在すると思う?
B:政治的になってきているYouTuberはいると思うけど。うーん…。
A:なんか、すっかりコミュニティが分かれてるよね。Twitterやnoteとかで文字がたくさん書けるような「政治的なトランスジェンダー」と、YouTubeやったり、YouTube観たり、みたいなトランスの当事者と。
B:層が分かれてるなーとは常々思ってる。日本のトランス男性の当事者だと、意外と不足しているところを補い合っている印象を持っているけどね。
A:というと?
B:政治的なニュース記事ならこの人、演技についてならこの人、こういう研究を任せるならこの人、とか。なんとな~く補い合って、案外バランス良い気はしてる。
A:ふんふん。
B:あんまり反発しあって、自分たちのコミュニティを縮小させるのでなければ、みんながみんな多方面の領域でできなければいけないってこともないし。
A:そうかぁ。MtFはそういう分業ってできてるのかなぁ。最近は当事者の研究者とかも増えてるみたいだけど、分業というよりは、分断を感じるかなぁ。。
B:あぁぁーー。格差。
A:そう、格差。感じない?
B:感じるよ、感じる。学歴の差も、経済力の差も、ルッキズムにおける許容度具合も。全部影響してますからね。それに私はちょっと不思議なんだけど、当然ダブルマイノリティとか、もっとこう、ふだん不可視化されてる属性の人もいるんだけど、トランスならトランスの話だけしてる印象になるっていうのは、他の方面では困難を抱えずに生きてきたトランスだけがしゃべれてるからだと思うわけ。アンバランスだなと思いますよ。
A:そうだよねぇ。もちろん、トランスの当事者で文章が書ける人とかが、期待されて、どうしてもトランスの話しかさせてもらえなかったり、自分がしないといけないって思うのは分かるけど、結局そういう人たちって、トランスである以外はかなり恵まれてて、実際はめちゃくちゃ例外的存在だったりする。ごめん、あなたの好きなトランスのYouTuberさんの話を聞くのを忘れてたわ。
B:最近観てないから全然分からないけど、シンプルに登録者数の多いFtMのYouTuberはずっと観ててお世話になったと思う、G-pitとか、モリタジュンタロウさんとか、木本奏太さんとか。だし、やっぱり具体的な治療の話をしてくれる人は私の好みだね。とくに、胸オペの話と陰茎形成手術の話。自分の身に何が起きているのか分からないからさ、経験者の話はためになる。
A:うんうん。やっぱり実利的だね。
B:ははは(笑)
A:Vログとか上げてる人のは観てなかったの?
B:観ることはあるけど…。好んで選択はしないな。
A:そっか。じゃぁやっぱり、当たり前だけど、私たちみたいなトランスの人のあいだでも、YouTubeのトランスの動画に何を求めるかは人それぞれってことね。
B:ほとんどシス男性だろうけど、ジャニーズの、歌以外のわちゃわちゃしてる動画とか、どうせ選ぶならそっちを観るかな…。シンプルに好きな人のおしゃべり動画を好んでしまう。
A:いまジャニーズのこと聞いてないよ(笑)
B:ごめん(笑)
A:そろそろ終わりにする?
B:YouTubeって動画だから、こうしてYouTubeについて文字で話すのって新鮮だね。ありがと。
A:わたしも楽しかったよ~。トランス女性的な人の動画、シスヘテ男性向けのチャンネル以外はあまり継続しない印象があるから、これからもっと色んなチャンネルが増えて欲しいって思ってるよ~。
B:はぁぁ。寂しいね。ネット空間でトランスのために残されているものがあるといいよね。
A:ほんとにそうだね。トランスの女性たちが、男性たちの興味や消費の対象になる世界も、早く終わってほしい。まぁ、そういう世界だからこそ彼女たちの動画に出会えたという意味では、複雑なんだけどね。お疲れさまでした~。
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