性同一性障害特例法は、以下のように書かれている。
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第三条 家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。 一 十八歳以上であること。 二 現に婚姻をしていないこと。 三 現に未成年の子がいないこと。 四 生殖腺せんがないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。 五 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。
2 前項の請求をするには、同項の性同一性障害者に係る前条の診断の結果並びに治療の経過及び結果その他の厚生労働省令で定める事項が記載された医師の診断書を提出しなければならない。
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4号と5号を合わせて「手術要件」と呼ぶ者は多い。
だが、戸籍変更するうえで「性別適合手術」をほとんど一律に強いているというより、「家族の規範を揺るがさない、戸籍システムを変えない」=4号要件、「(見た目、とりわけ性器で)社会に混乱を与えない」=5号要件の2点が強いられている、と私は解釈したい。
特例法制定前のいわゆる「大島三要件」と呼ばれた故・大島俊之教授の見解では、以下3つが挙げられていた。医師から性同一性障害だと診断されたことを前提に、
(1)成人済みである (2)性別適合手術を受けた (3)現に結婚していない
もしこのままなんとなく特例法に適応されていたら、「性別適合手術を受けること」が要件に組み込まれていたはずだ。なぜ、わざわざ4号と5号に分かれたのか?ここがしっくりこなかった。
以下は、私の予想である。(特例法制定時に携わった南野議員や当事者団体の語りを少し遡ったくらいではよくわからなかった。)
おそらく、LGBT理解増進法の文言で後退させられたのと同じことが起こっていたのではないか。
つまり、「性別適合手術を受けること」という、一部の当事者が熱烈に望んでいるトランスの権利(手術を望まない人も当時から多かったと聞くが)を法律にいれるのではなく、むしろ当事者が望む「性別を適合させる(手術)」や「性別を変える」ということ自体は法制化したくなかったのではないか。そんな気すらする。
一旦法制化したら、今度は「性別適合手術」を正当な医療として認めざるを得なくなるだろうし、それを歓迎したかったわけではないと思う。
そうではなく、あくまでもマジョリティの安心・安全を優先する言い方に変わったのではないか。
だから「性別適合手術を受けること」という文言ではなく、4号「生殖腺せんがないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」と5号「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること」に分かれたのではないのか?
なぜなら4号と5号では、「多数派が困らされる(かもしれないという被害妄想の)ポイント」が違うから。
そして結果として(さすがに過程でここまで内容が吟味されたとは想像しにくいので)、4号と5号が分かれたら、いわゆるニューハーフ的な人々や闇医療や、お金がないから先に玉だけ取るというパターンが、睾丸摘出だけで生殖能力はなくなっている(=家族規範を脅かすリスクはない)にもかかわらず、「玉をとったくらいでは女とは認めない」というかたちでMTF間に差異を作り出しているのではないか?
そして、なぜ外観要件はFTMに対しては曖昧で済むことになってもなお、MTFは同様の理由で外観へのジャッジメントが軽くならないのか?「許される女性像」が狭いからではないのか。
ある意味で、特例法の運用は「MTF(トランス女性)は女性」だとみなしているのだとは思う。きっと、「男性が陰茎を切除する」という想定であれば、もっと早く「それは厳しすぎるのではないか?」と男性側が不安に思ったことだろう。だが「MTF(トランス女性)は女性」なので、女ならば陰茎切除くらいするもの、と放置されているように映る。
このまま個別で裁判が起きて覆っていけば、そのうち特例法は形骸化するだろう。2023年内に不妊化(生殖不能)要件への最高裁判決が下り、うまくいけば外観要件への展開もあるはずだ。
3号の子なし要件は、要件が明るみに出てからずっと問題視されてきた。誰も幸せにならない内容。
2号の非婚要件は、同性婚状態の防止のためとされているので、同性婚が法制化されれば消滅する(抜け道があるとすれば、戸籍が男のMTFと女のFTMのトランスカップルが同時に申立するケースか。婚姻済みの二人がいっぺんに戸籍変更して承認されるのであれば、一度も同性婚の状態にならずに婚姻状態を維持したまま戸籍変更できるはず)。
特例法はまもなく、なんの意味も効力も持たなくなる。というより今までもそうだったのだろうが、さらに法律の形骸っぷりが顕になる。新しい法整備が必要になるはずだ。
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