今回、五月あかりと周司あきらの二人で話し合うのは、トランスジェンダーを説明する時に使われがちなフレーズ「心の性」っていったい何だろう?という疑問です。
A:五月あかり(出生時に男性を割り当てられたが、現在は女性に埋もれて生きている。トランスジェンダー)
B:周司あきら(出生時に女性を割り当てられたが、現在は男性をやっている。トランス男性)
【トランスジェンダーの定義の曖昧さ】
A:なんだっけ?今日のテーマは「心の性」?
B:私は一度も使ったことがない表現だけど、メディアでよく見かけるよね。
A:そうだね、トランスジェンダーについて一番使われてきた表現は、「心の性と身体の性が一致しない」っていうやつだもんね。
B:ということは身体的な特徴を変えて性別を変えた人は、もうトランスジェンダーじゃなくなるってこと?一致しちゃったわけだから。
A:そういうことになるよね。
B:でもそういうわけじゃないんでしょ?
A:そういうわけじゃなさそうだね。ようするに「身体の性」っていうのも全然曖昧なんだと思うよ。前の「シスジェンダーの悲劇」でも対談したけど、身体についてシスの人たちが持っているイメージとか発想とかが、貧しすぎて、それがトランスに投影されてる。
B:わかる~。
A:ははは。
B:トランスジェンダーの身体って、客観的に「シス女性」のように見られることもあれば、「シス男性」のように見られることもあるわけじゃん?全く同じ人物でも。
A:それは、性別移行をしたことで、ってこと?
B:それもあるけど、なんか日によってパス度が異なることもあるじゃん。
A:あ~なるほど。
B:そうすると昨日は女性と見なされるけど、今日は男性と見なされることもあるわけで。すると昨日は女性の身体として見なされてるけど、今日は男性の身体として見なされてるわけでしょ?
A:そうなるよね。
B:私の具体的な話していいかな?性別移行してる真っただ中で、ある日はレズビアンバーに行って店員さんに「お姉さん」って言われたの。でも翌日はゲイの人と会ってアクティブなことをしたんですけど、思いっきり「男に見えてよかった~」みたいなこと言われたわけ。
A:へぇ~。ふんふん。
B:昨日はレズビアンで、今日はゲイ!身体的な特徴は昨日と今日でそんなに変わってません!
A:昨日は女性の身体で、今日は男性の身体!だね。
B:身体の性の話しちゃったね。話を戻すと、トランスジェンダーの定義ってもはやガタガタなんだよ。
A:そうだね。ガタガタだね。こんなに役に立たないフレーズが、どうしてこれまでずっと使われてきたのか、不思議で仕方がないね。そんな不満が私たちの往復書簡(『埋没した世界』)には詰まってるけどね。
B:うん。二項対立的な説明…
A:心と身体の二項対立?
B:そうそう。あるいは、男と女とかもそうなのかも。シスとトランスも。
A:ふふふ。
B:そんなに境界がはっきりしてもないし、対立した集団でもないのだけど、まるで対立させられている。
A:うんうん。心の性別が男性or女性で、身体の性別が男性or女性で、それが食い違ってたらトランスで、一致してたらシスで、っていう説明は、心と身体のがばがばな二項対立と、男性と女性の、現実離れした二項対立とで、できてるもんね。
B:その通り。
【「心の性」用法がしっくりこない人たち】
A:それで、今日のテーマは心の性、だよ?
B:私はそういうフレーズがあったせいで性別移行が遅れたと思ってるんだよね。あんまり興味ないし。
A:ははは(笑)。そうだよね、あきらさんは自分でも「性同一性がない」ってよく言ってるもんね。わたしも、女性に性別移行しちゃったけど「心が女性です」なんて思ったことないよ。まぁ、性別「無」だから仕方ないけど。
B:あまりイコールじゃないんだけど、心の性=性同一性=ジェンダーアイデンティティと解釈すると、その概念を用いるとしっくりくるシスジェンダーとトランスジェンダーもいれば、その概念がしっくりこないシスジェンダーとトランスジェンダーもいるはずで、私はしっくりきてないわけ。
A:うんうん。往復書簡でも書いてたことだよね。シスの人の中にも「性同一性(心の性)」をはっきり持ってる人がいれば、持ってない人というか、しっくりこない人がいて、トランスの人の中にも、あきらさんみたいに「性同一性」の概念がしっくりこないというか、意味がない人たちがいるというか。
B:まあ、なんで性同一性の概念がしっくりこないのに性別変えるかって、「死ぬか、性別変えるか」の二択でたまたまこうなっちゃっただけで。その状態を後付けで「心の性が男だったんだね」って解釈可能な人も確かにいるかもしれないけど、私の場合は解釈不可能だね。
A:わかるよ~。わたしはあきらさんと違って「性同一性がない」んじゃなくて「性同一性が【無】(としてある)」のタイプだけど、今はこうして女性側に性別移行してて、でも「あなたは女性に性別移行したんだから心の性が女性なんですね」とか言われたら、気持ち悪くて吐いちゃう。
B:性別を移行する必要を感じていないのがシスジェンダーなのか。
A:そういう風に理解した方がいいよね。あと、最近みたフレーズだと、「生まれたときの性別そのものには違和感がない」とか。
B:ふーん、シスジェンダーの説明ね。まぁそうなんだろうね。でもシスジェンダーの人って、その性別そのものに違和感があることと、その性別らしさを押し付けられることに違和感があることとを混同してる。
A:あるあるだね。自分が「らしさ」が嫌だったからって、トランスの人たちも「らしさ」が嫌だって思ってるに違いないって、解釈してるシスの人がいっぱいいて、うざい。
B:ちょっと具体的に補足するか。なんか自称フェミニストが、「トランス男性は女らしさが嫌な女だ」みたいなこと言ってることもあるみたいなんだけど、超絶興味がなくて。
A:ははは(笑)
B:別に女らしさが嫌な女もいれば、女らしさが好きな女もいるでしょうね。トランス男性とは関係ないけど。
A:そうだね。
B:だってそんなこと、シスの男に言う?
A:男に?
B:シスの男に対して、「あなたは女らしさが嫌だから男をやってるんですよね?」とか聞いてたら、話が超ちぐはぐじゃない?
A:ははは、そうだね。男が男を生きてるのは、男だからだよね。女らしさ関係ないし。トランス男性も、そういうことだよね。
B:でもここで言う「男である」とか「女である」とかは、「心の性別」っていう説明とはうまく照合できてないと思うわけ。
A:うんうん。そうだよね。
【きんトラから考える、帰属意識】
B:私にはしっくり来ないにしても「心の性別」ってそもそも何を指してるんだろうね。自分勝手に自称することと勘違いするバカもいるっぽいけど。
A:さすがにそれは馬鹿過ぎて話にはならないけど、でも確かに「心の性別」って言葉でみんなが何を言ってるのかは、わたしもずっと疑問なんだよね。ところでこの前のきんトラ(きんきトランスミーティング)一緒に参加したじゃん?帰属意識の説明。あれ、どうだった?
B:説明のバリエーションが増えたなあと思った。これまた、私は今男をやってるけど、男性集団に帰属意識はない。それはシス男性集団に帰属意識がないというだけではなく、トランスの男性を含めても、帰属意識はない。でもだからといって、私が男を生きてないことにはならないだろうな、と。
A:はは。あきらさんは性同一性が「ない」からじゃない?ごめん、これ対談だけ読んでる人は意味不明だよね。3月のきんトラで、「性同一性は帰属意識として理解できるかも」っていう発表があったんだよね。あんまり、ピンと来なかったんだけど…。
B:あんまり数はないけど、性別を移行した当事者の記録を読むとそこでも、移行後の本来の性別にぱっと適応できてるかと言うと、そういうわけでもなくて。それは性同一性以外のことも絡んでるからわかりやすくは言えないんだけど、「本来あるべき場所がここだった!」とだけ片付くわけでもない、ということは言える。
A:うんうん。なるほどねぇ。帰属意識はないけど、性同一性がめっちゃ男性の人がいるってことだよね?
B:うん、今の説明はそういうこと。で、私みたいに帰属意識もないし、性同一性もないけど男をやれてる人もいるってこと。
A:そこでやっぱり性同一性だよね。なんなんだろう、これ。性別の集団(男or女)への帰属意識で説明できない何かがあるとしたら、この言葉には何の意味があるんだろう。身体への違和感を説明するため?
B:シスジェンダーの人たちが自分たちの当たり前の世界を脅かされずに済む限りにおいてトランスジェンダーを説明しやすくする言葉。
A:ははは、ひねくれすぎ(笑)。まあでも、本当はシスの人こそが考えるべきなんだけどね、女性とか男性を生きているってどういうことなのか。どうして自分は性別移行を「しない」のか、とか。トランスの人にばっかり理由説明を求めてて、なんとなく「心の性が身体と一致してないんだね~」ってこっちに言ってきてる訳だけど、いやいや、シスのあなたたちが考えて言葉にしてよ、とは思うよね。こんな雑な言葉じゃなくてさ。
B:それはシンプルに気になる。聞いてみてほしい。「あなたはなんでその性別なんですか?」って。結構多くの人が「身体が女だからとか」「証明書に書いてあるから」とか言うと思うんだけど、さらに聞いてみてほしい。「身体ってどこを指しますか?あなたは女友だちの股間を知っていますか、服の中を知っていますか、染色体を調べたことがありますか?」とか、「制度なんて時代や地域によってバラバラですけど、ではその地域では性別ないんですかとか、その地域では女で、あっちの地域では男なんですか」って聞いてみてほしい。何を頼りに、あなたはその性別で納得してるんですか?って。
A:うんうん。分かる。シスの人たちがもし答えを持ってないなら、それはトランスの人だって同じなはずなんだよね。男性に性別移行していくトランスの人に「どうして自分が男性だと思うんですか」とか聞いたって、無駄だし、聞くべき相手を間違えてる。世の中に掃いて捨てるほどいるシスの男の人に聞いた方がいいよ。「男性の定義を教えてください」「あなたが男性である理由を教えてください」「どうして女性として生きないんですか?」って。
【それでも「心の性」で説明するトランス】
B:思うにトランスジェンダーで生きる性別を変えていく人って、今のままでは生きられないからっていう消極的な理由で変えてるんだと思うんだよね。だから「自分のことを明確に男だと思っているから男に性別変えます」とか、わりと積極的な理由では説明できないと思う。でもこれまでのトランスジェンダーの語りだと、そういうパターンが定型として語り継がれてきた印象を持ってて。
A:確かにそうだね。例えば男に性別を変える人がいるっていうと、「心の性別が男性だから、心の性別に合わせて、身体や生活を変えていったんだね」って、世の中は理解しようとするじゃん?ここにさ、出てくるわけ。「心の性別」。でもなんか、違うよね。わたしはトランス男性じゃなくてトランス女性側に圧倒的に近いから、ちょっと性別を逆にしてしゃべるけどさ、女になりたいから性別移行したというより、男のまま生きるなんて死んでも同じだから、性別を女性側に変えていったって人、多いと思うんだよ。わたしも含めて、彼女たちの「心の性=性同一性」が女性だったから、女性に性別を変えたっていうのは、なんというか、シスの人たちが考えることをさぼった結果として出てくる雑な説明だと思う。
B:あかりさんのような状況になんでなるのかは分かる。トランス女性の場合は、男である状態はすでに経験済みだから、それが違うと分かるんだけど、(社会で想定されがちな)女である状態は経験してないから、はっきり「そうだ」と言うことはできない。でも、現状のおかしさを打開するためには、最初の一手として他の誰にも奪わせない「心の性別は女です」って言うほかない。
A:はいはい。いや、そうだよね。なんか分かってきた。そもそも「心の性別」っていう概念は、全然だめだとは思うし、シスの人たちが勝手に作ってきた概念だとは思うんだけど、でもトランスの人たちにとって、そこしか頼りにできないというか、そこ以外に自分が男性ではない、っていうことを主張する足場がないんだよね。
B:つらいなぁ。映画『片袖の魚』を観て、そのことを感じたね。世界中から「お前の性別は違う」って言われてる中で、「心は女なんです」っていうひかり(主人公のトランス女性)。
A:うんうん。あのひかりの応答自体は、シスの人たちに分かりやすく説明してるっていう側面があるとは思うだけど、でも、そうだよね。お前は身体が男なんだし、書類も男なんだし、周りからも男としてみなされてて、だからお前は何から何まで男なんだーって、生まれてからずーーーっと言われ続けてて、でも、自分では男を生きられないって、分かってしまってる。そういうとき、もはや他人から見えるものとか、他人に証明可能なものをいくら提示したって、自分が「男でない」あるいは「女である」っていうことを示すことはできないんだよ。不可能なの。だから、最後の最後に、絶対に他人には分からない「心」っていうものを頼りにして「でも、心は女なんだ」って、言ってきたトランスの先輩がいるんだよねきっと。泣いちゃう。
B:うん、その点は「心の性別」っていう言い方を馬鹿にするのはよくないなって思いました。
A:わたしも反省した。結構さ、「心に性別とかないでしょ」って、馬鹿にしてきたから。実際、心の性とか証明できないじゃん、ってトランスジェンダーを嫌いな人たちや憎んでる人たちは言うじゃん?でもさ、さっきの話だと、証明できないからこそ、最後の最後に、「心の性別」を頼ってきた人たちがいるかもしれないって、ことだよね。
B:「心の性別」が最初にあって、それに合わせていくって言うよりは、他者から色んなものを剥奪されて、否定されてきて、その最後の砦として「心の性別」が位置づけられてるんだろうなぁって。
A:うん。最後の砦感ある。そうするとさ、「性同一性(心の性)はシスジェンダーにも全員にあります」みたいな説明は、やっぱりちょっとずれてるよね。
B:ああ、なるほどね。
A:シスの人たちは、そんな誰からも見えない「最後の砦」を頼らなくなって、いくらでも自分たちの性別を是認してもらえるんだもん。社会とか医療とか法律とか、全部シスの味方だからさ。「心に性別なんてありません」とか言ってるシスの人たち、いるけど、そうですねって思うよ。「心の性」なんて、そんなものを頼らなくても、自分の性別を生きられて、周囲から認められて、誰からも否定されなくてよかったですね、って思うよ。
B:ほんとにその通り。補足することも削る言葉もないわ。
【性別は旅路だった】
A:ね、辛いね。なにか他にある?「心の性」について話したいこと。
B:あまり他の人がしてるのを見たことがない説明をこれからするんだけど、私は性別ってダーツの旅みたいって思ってるの。
A:ダーツ?
B:パッて「あそこに行ってください」って言われて、行ったらしっくりきてるから、なんか男やれちゃってるから、って感じなんだけど。これがたまたま生まれた土地で文句言わずにやれてるのがシスジェンダー。現実にいるじゃん。絶対海外移住するぞー組の人たちと、地元でのらりくらり生活できてる組。それがトランスジェンダーとシスジェンダーの違い。
A:ほほー。
B:でね、性別という土地がいくつもあったら、何回も引っ越す可能性もなくはないよね、っていう。なかには計画して、絶対そこに住むべきだって目指す人もいれば、たまたまダーツがそこに刺さったからそこにいるか、っていう移動を伴う人もいるかもしれない。
A:ふーーん、聞いたことない説明(笑)。
B:なんか、私はものごとを変化する前提で考えてるから、変化しない人がいると「ああ、あなたは変わらないんですねー」っていう見方をしちゃう。で、私は男の島で納得してるから、別に他にもっと快適な土地があったら移り住むかもしれないし、現状で居心地が悪すぎることがないので男をやってます、それでいいですっていう感じ。
A:うむうむ。でも、なんで女から移動したの?たまたまダーツが男の島に刺さったっていうけど、女の島では生きられなかったんでしょ?
B:そのダーツの矢は発射するしかない矢だったんだよ。仕方ないの。矢に聞いてください。私の運勢的な何かがそっちに行っちゃったの。
A:はいはい。そうか、となるとやっぱり、あなたの性別移行には「性同一性(心の性)」なんて言葉は必要ないってことね。テンプレ的なトランス男性の説明だと、「性同一性が男性だから、男性になりました」ってなるけど、あなたはそうじゃなかったんだよね。矢は発射する運命だったし、たまたまダーツが男に刺さって、たまたまそこが居心地が良かったから、今はそこに住んでる、と。「男アイデンティティ」とか、ないよ、って話ね。
B:ダーツの話に付き合ってくれてありがとう。
A:ははは。
【「心の性」に押し込められた要素】
B:別に男の島の居心地がいいわけではなくて、きっとベストではないけどベターではあるなってくらい。
A:ふふふ。結構男をエンジョイしてるように見えるけど?
B:なんか性別そのものだけじゃなくて、その性別らしさを楽しめるかどうかとか、恋愛とか性愛とか、なんか人間関係全般とか、親からの圧とか、複雑な要因が「男をやっていくこと」と案外すりあっちゃった。
A:へーー!!そういうことね。わたしも、圧倒的に女性的な生活の方が自分に適合してるとは感じるかな。自分は女性であるとは思えないけど、でもやっぱり、女性として社会で生きている方が、ましというか、何なら少し充実感もある。こういう微妙な楽しさ?というか「適合できちゃう感」を言うために、「心の性」っていう言葉を使ってきた人たちも、トランスの先輩たちにはいるのかなぁ。
B:うーん、あんまり考えたことがないけど、同性愛者的な状況から(性別が変わって)異性愛者的な状況になったことで、恋愛面ではエンジョイできてる語りなら、聞いたことがあるかな。
A:恋愛の話ね。わたしはあんまりわかんないんだけど、恋愛の相手からだけは絶対に「女性」として見なされたい!っていうトランスさんには会ったことある。普段はわりと、ジェンダークィアとか、別に性別とかどうでもいいよって感じだけど、セックスとデートの時だけは死んでも「女」として扱われて、女として抱かれたいって言ってた。これもジェンダーアイデンティティなのかな?
B:その話わかる。思いっきりわかるわ~。私も性的な場面では圧倒的に男でしか想像できないわ。つまり、「社会全般で扱われたい性別」と、「すっごいクローズドで親密な関係性で扱われたい性別」っていうのは違う水準であって、社会的な扱いとかはどうでもいいけど、親密な人にはこう認められたいっていう、差があるんだよ。
A:うんうん、ありそう。「心の性」「身体の性」「抱かれたい性」ね。ごめん冗談です。これまで「心の性」って呼ばれてきた概念にいろんなものが多分押し込められてて、その中には「好きな人から好かれたい性」ってのもあったんだろうね、と。
B:そうね、今のところ性同一性を6つの領域くらいに分解できているけど、まあこの話は長くなるから、また今度かな。
A:はは、私たちの往復書簡ね。今度出る(2023年4月中旬発売)のは22通目までだけど、そこからだいぶ進んだもんね。この6つに分解してる話も、いつか世に出せたらいいね。
【身体的な(ジェンダー)ユーフォリア】
B:うん、なんか、心の性=身体の性と結びつくこともあるはずで。例えば私は、腕に血管が浮き出ている身体がすごいしっくりくるし嬉しいんだけど、それは「男性の身体」だから嬉しいんじゃなくて、「血管のある身体」だから嬉しいの。男性の身体でも、脂肪に包まれてたら血管がみえないこともあるじゃん。私がなりたかったのは「男性の身体」じゃなくて「血管のある身体」だったんだって、後から納得した。
A:わかる。わかる!わかる!!わたしも、女性の身体には確かに嫉妬してた気がするけど、別に「女性の身体」になりたいと思ったことはなかった。でも、ホルモンをして、胸がふんわり生えてきてさ、びっくりしたんだよね。なにこれ!って。これ、これ、これわたしの身体じゃんって、なったの。もう、それが女性の身体なのかどうかは一旦置いておいて、両胸がある身体の質感とか、シルエットとか、これじゃん、わたしの身体じゃんって。
B:後から辻褄があっただけなんだけど、そういうユーフォリア(幸福感)は確実にあるよね。この身体改変の必要性だったり、後からの納得感だったり、というのは性別そのものの同一性とは無縁で、別個であるんだけど、でも性別とも結び付けられやすい要素だから、「心の性別」という言い方の中に、ごちゃごちゃに含まれたり含まれなかったりしてたんだよね。
A:絶対そうだよね。わたしについては、さっきの胸の話も、自分が社会的に生きる性別を変えた後でのホルモンだったけど、もし自分が男性として社会に存在してるときに胸が生えてきたら、こんなに身体が嬉しかったかどうかは、分からない。その意味では、身体のユーフォリアが性別と全く縁がない、とは言い切れない。でも、「心が女性だから身体を女性的にしたいです」っていう説明は、わたしには全然無理だったし、関係なかった。
B:あー、ちょっと理解できた。私は筋肉のある身体とか血管の浮き出てる身体とか好きなんだけど、女性のまま筋肉バキバキとか、血管が浮き出てる身体とかになりたいわけではなかった。だから確実に、性別のジャッジメントが入ってしまってるね。
A:そうなんだ。じゃあ、わたしと似てるかも。ときどき、男性としての生活のまま、でも去勢だけはしたい人っていて、ジェンダークリニックとかで面倒なことになるみたいなんだけど、わたしはそういうタイプの人とは、ちょっと自分は違うかな、と思うかな。わたしも女性のアイデンティティに沿って性別移行したわけではないんだけど、なんか違うかも、みたいな。
B:ふーん、そうなんだ。それは動かしたい軸が2つあったから、ってこと?
A:なんだろう。すごい個人的な話だけど、わたしは最初に「男として生きるのは無理」って思って、女性にトランスした。完全に未治療の状態で、女性としてふつうに出かけてパスできる状態になった。でも結局は、女性として見なされる時間が増えれば増えるほど、生まれたときの身体のままで死にたくない、気持ち悪い、っていう思いが強くなっていって、それまでは「身体なんて手術しても男性として生きるなら意味ない」って思ってたんだけど、やっぱり身体も変えたいんだなって、気づいた。それで、オペやホルモンしてって感じかな。だから、社会で生きる性別を変えることと、身体の性的な特徴を変えることと、2つが別々と言えば別々だけど、完全に別の軸とも、言いがたいかなぁ。ごめん自分の話しちゃった。
B:生活するなかで自分の望むものが変わることってあるよね。
A:ある。
B:逆に、手術する気まんまんだったけど、やっぱここまで手術する必要なかった、って思う人いるし。トランス男性でよくあるのは、手術して戸籍変えるぞって思ってたけど、生活で男性として生きられるなら子宮卵巣摘出はしなくていいやってなるとか。最初はペニス作りたかったけど、排せつに困難がないしもういいか、とか。手術計画がなくなるっていうパターンもある。
A:なるほど、それは普通にめっちゃありそうだし、よく聞く話でもある。となると結局「心の性が男性(or女性)だから、身体に違和感が生まれてしまいます」っていう説明は、事態を単純化しすぎてるよね。
B:そうそう、そうなんだよ。どれだけ身体を変えたいかによってその人の性別違和の「本気具合」を測るみたいな発想はすごい陳腐で、人間の身体は、シスジェンダーのごくごくマジョリティの身体を基準にしてしまってるし、いろんなものをそぎ落としてるなって思う。
A:そうだね。手術をしたい奴が本物のトランスジェンダー(性同一性障害)なんだ、みたいな発想、だめだめだよね。現実のトランスの生活がまったく分かってない人の発想だなと思う。そもそも、純粋に身体だけ変えて、さっきみたいに「胸のある男性」や「筋肉ムキムキの女性」で納得して、満足できますかって言ったら、そうじゃない人の方がやっぱりトランスでは多いはずで、となると、身体への違和を純粋にそれだけで評価するって、無理だと思うんだよね。やっぱり「心の性」には、社会で生きる状態とか、身体との関わり方とか、いろんなものが雑多に詰め込まれるみたいだね。
B:まとめに入ってきてる…。
A:ごめん!そんなつもりないよ!何かあったら話して。
【あえて規範的なシスの男女を演じるトランスの人々】
B:なんかね、身体の違和を軽減させるために、例えばトランス男性の場合は「男に近づけた女性」としてやっていこうっていう試みをする時期もあるかもしれないんだけど、それって一時的に「規範から外れた女性」になるわけじゃん?女性らしくない女性として存在する、というように。それって「性別らしさ」の違和感に直面してしまうことがある。だから敢えて、やりたくもないけど、「女らしさを表現してる女性」の側に適合していって、「やっぱトランスだな」って自覚して、なりたいタイプの男に切り替わる人もいるわけ。性別を透明化させるための一つの手段なんだよ。あと、規範から外れたシスの男女をやってると、トランスフォビアを被るかもしれないから、そこからのがれて、敢えてシスの規範的な状態に合致して我慢し続ける人もいるよね。
A:リアルだね。自分に割り当てられた性別がしんどくて、辛くなってる時期に一番何が辛いって、「自分がその性別であること」を意識させられて、それに直面させられるのが生活では辛いんだよね。だから、下手に「らしさ」からずれていこうとすると、「らしくない」って理由で、(「男のくせに」女みたいだ、とか)嫌な目に遭うことがあって、それってシスの人たちが「らしさ」を外れてることで被る有害さと同じダメージだけでなく、「性別を意識させられる」っていう、エクストラのダメージもあるんだよね。だから、規範的な「男性らしさ・女性らしさ」に身を潜めることで、ダメージを軽減しようとしてるトランスの人はいると思う。わたしも昔はそうだった気がするし。
B:わかるよ。「男らしい男」をやってた人物(トランス女性)が、ある日「女でした」って言うこともありうるだろうけど、それってずっと我慢してたんだろうなって。だって「女らしい男」をやるって、すごくバッシングの対象になるじゃん。そこから身を守るために、やりたくもない「男」を律儀にやり続けてきた人、トランスのなかにはいるよな。
A:いる。そういうとききっと、「自分が女であることを、自分の心のなかの一番奥深くに秘密にし続ける」っていうことになるんだろうね。「心では女性」っていう。
B:そうかぁ。なんか、悪徳企業で働く社員が、業務内容や社会的意義を放棄して、考えないようにして機械的に働いてるのと同じなんだと思う。そうすると、心の性別がどうとか、本人ですら気づかないことがある。
A:そうだね、本人ですら気づかないこと、あるだろうね。ただ、辛いけどね。心の一番奥に封じてきた性別への違和感が、扉を開けて外に出てくるのは。怖いことだよ。
B:そうね、「心の性別」って言うとき、本人がいつそれを正直に自覚できるかっていうのも分からないと思う。だから、一般に「トランス女性はジェンダーアイデンティティが女性です」っていう説明は正しいんだけど、当の本人が「わたしは頑張って男やってるし男ですけど?」って言うこともあって、だからいつ本人が「自分はトランスだ」って気づくかっていうのは人それぞれでしょう。だって、例えば幼少期の私、頑張って「女らしい女」をやってたし、その当時に「あんたは本当は男なんでしょ、我慢しなくてもいいよ」って言われたらムカついてたと思うよ。「女ですけど?!」て返してたと思う。そういうズレもありますよね。
A:そうだね。ジェンダーアイデンティティを大切にする言い方を広めていこう、トランス女性は「Male to Female(MtF)」じゃなくて、一貫して女性です、っていうのは、まあ分からなくはないけど、なんか違うんだよね。「心の性別」がずっと女性です、男性ですっていうのは、周りから見れば、そういう説明がシンプルだし分かりやすいのかもしれないけど、トランスの人自身の人生はさ、もっと複雑で、ぐちゃぐちゃしてるし、男性的な状態、女性的な状態を出発して、トランスだってことに気づいて、なんか色々納得できる状態を模索して…、という連続した旅路なんだよね。
B:うまい。連続してる人生だってことが、忘れられがちだからさ。
A:そうだよね。「心の性」とか「ジェンダーアイデンティティ」っていう言葉は、こういうぐだぐだで混雑した連続性を無視しちゃう。
B:やっぱさ、「ジェンダーアイデンティティが女です」っていうのはシス女性によっぽど適合的な説明だと思うなぁ。トランス女性にはもっと面倒くさい揺れ動きを経てきている人もいるからさ、なんならシスの人の方が「心の性別がこうでした」っていう説明があってるんだよね。
A:ははは、そうだね。生まれてからずっと強固に女性、ずっと女性、みたいなね。急にシスの人のための言葉に見えてきた(笑)
B:改めて不思議な言葉だね。
対談、終わり。
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