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2000年刊行『性同一性障害 性転換の朝』を読む

2023年7月に集英社新書から『トランスジェンダー入門』が刊行されました。私(周司あきら)と高井ゆと里さんの二人で書いたものです。発売から一ヶ月あまりで4刷・1万8000部と好評のようです。

「トランスジェンダーの本なんて売れない」と長年出版社から思われてきたようですが、しかし実は同じ集英社新書から、トランスジェンダー的な本が四半世紀近く前に世に出ています。


元記者で、ノンフィクションをいくつか書いている吉永みち子さんによる『性同一性障害 性転換の朝(あした)』という1冊です。2000年2月に1刷が出ています。このブログでは、『性同一性障害』を読んで、気になった点を感想まじえてパラパラ挙げていきたいと思います。


2000年(平成12年)とはどんな時代か?

世間的なトピックとして。2000年はコンピュータが誤作動を起こすのではないかと心配されましたが無事に年を越し、パラパラやキックスケーターが流行り、慎吾ママの「おっはー」が流行語、ギャルやコギャルも流行った年です。シドニーオリンピックが開催、小渕恵三が内閣総理大臣を務めていました(その次とさらに次は森喜朗と小泉純一郎になります)。


では、トランスジェンダー的なトピックは?

『性同一性障害 性転換の朝』の冒頭は、公式に行われた「日本初、性転換手術」の手術開始前の医師団の姿を記者たちが追っているシーンから始まります。1998年(平成10年)10月16日のことです。※本書が元号表記なので、一応そちらもメモっておきます。


2001年から2002年にかけて放映された「3年B組金八先生 第6シーズン」で「性同一性障害」役(今でいうトランスジェンダー男子、FtM)を上戸彩さんが演じたり、2002年に競艇(モーターボート)の安藤選手が選手登録されている性別を女から男へ変えて大きく報道されたことで、「性同一性障害」の知名度はぐんと上がりました。

2003年7月に「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(特例法)」が制定され、翌2004年に施行されています。その後は「オネエ」や「ニューハーフ」のタレントがテレビで活躍することはありますが、性的マイノリティを指すLGBTというワードがよく聞かれるようになったのは、2010年代以降です。デマ・ヘイト・バックラッシュなどがきっかけで、日本でトランスジェンダー単体に注目が浴びせられるようになったのは2018年過ぎてからかと思います。


なので、本書が刊行された2000年時点では、「性同一性障害?性別変えたい?何それ気持ち悪い」という空気感だったようです。存在は全然知られていません。特例法もないので、公的には戸籍上の性別も変えられないままです。

もちろん、裏ルートといいますか、公的なガイドラインなど無関係で医師に手術をしてもらったり、海外に行って手術を受けたりということは以前からありました。本書でもよく登場している虎井まさ衛さんも1980年代後半から数回にわたってアメリカに渡航して治療をしています。『トランスジェンダー入門』のP.131-132で述べたように、「正史」として語り継がれているストーリーとは異なる側面もあったということです。


これらを踏まえて、吉永みち子さんの『性同一性障害』を読んでいきます。


プロローグ 日本初、性転換手術がなげかけたこと


冒頭は、埼玉医科大の原科孝雄教授が患者N氏に「性転換手術」(今でいう性別適合手術)を行うため手術室へ向かうシーン。それを報道陣が待ち構えています。


原科氏が指摘するように、実際に渦中にいる人間と周囲の人間では意識のギャップが大きかったようです。トランス男性に対するものとはいえ、乳房切除も子宮摘出も、これまで産婦人科で行われてきましたし、障害者に対して差別的な背景から同様の処遇がなされたこともありました。それらは何も新しいことではなかったのです。未知の部分があるとしたら、それは尿道延長と膣粘膜の除去と膣の閉鎖手術であり、その手術こそが大きなポイントだったのです。でも報道陣は、尿道を伸ばすだの膣を閉じるだの、そうしたある種マニアックすぎる手術には興味がなかったようです。


当時の新聞では、「昨日と違う性」「本当の自分に」といった見出しでややセンセーショナルに取り上げられた模様。公的に日本初の手術を受けた患者N氏は、外見上男そのもので、生活も男としてやってきた人物だったようですから、本人の喜びはあるとはいえ、客観的に「昨日と違う性」になったわけではあるまいし、なんともズレた報道に感じられます。


第1章 男と女の性はいつ決まる


第1章では、性別の決められ方や、「性同一性障害」の説明や、虎井まさ衛さんのエピソードが書かれています。歴史的な話では、ハリー・ベンジャミン博士とか性科学者ジョン・マネーの名が出てきます。


最初に現代的な説明とは全然違った「性同一性」の説明がなされていて興味深かったので、その箇所を引用します。


もちろん、生物学的な性と社会的・心理的な性は、ほとんどの人の場合、一致している。つまり性同一性(gender identity)を持っている。が、ごくまれにではあるが、肉体の性と頭の性が一致しないことがある。性の同一性を欠いたこういう状態を、性同一性障害(gender identity disorder)と呼ぶのである。(p.27)


なんとなんと!

2023年時点でよく聞く説明は、性同一性は「誰にでもあるもの」「自分が認識している性別のこと」「アイデンティティの、性にまつわる部分」なんて言われますよね。でも吉永さんの記述では、性別の要素がいくつもあるうち(本書でいえば「生物学的な性」「社会的・心理的な性」として複数ある)、それらが一致している状態を「性同一性を持っている」といいます。だから、一致していないトランスジェンダー的な人々は性同一性がなく、「性同一性障害」なのだそうです。


性別と一言でいっても、さまざまな「性別」があります。書類に表記された性別、身体の性別(さらに分けると、ぱっと見の性別・声だけで判断される性別・性器だけで判断される性別……)、ふだん自他ともにどう生活しているかという生活上の性別、そして自分で体感している性別(これが俗にいうジェンダー・アイデンティティですよね?)などがあります。


『トランスジェンダー入門』では「場」が分散していて、それぞれの場によって重みのある要素は異なる、という話を「第2章 性別移行」でしました。シスジェンダーの人々は、ありこちに散らばっている「性別」がどれも一貫していることが多いから、「性別が分散している」状況は想像し難いのかもしれません。しかしトランスジェンダーの人々にとっては、「実家ではあいかわらず娘扱いされるが、会社では男性社員として働いている」といった場の分散は珍しくありません。性別移行とは、「オセロの盤面を1マスずつ埋めていくように、1枚ずつ盤面の色を変えていくように、一つひとつの場において自分の性別を移行させていく」(p.70, 2023年)わけです。


これ、吉永さんの記述に戻ると、シスの人々は最初から「ぜんぶ黒」か「ぜんぶ白」にオセロの盤面が揃っていて、だから性に関する同一性があるというのです。性同一性を持っているのです。「オセロの色が揃っていること=同一性がある」と捉えられていたことに驚きました。これがどこまで一般的な解釈だったのか釈然としませんが(吉永さんのような説明は誤用だという指摘もあるようです)......。


とはいえ、診断のガイドラインでも次のように記載されていました。

手術療法(性別適合手術)に進むには、第一段階と第二段階の治療を受けたにも関わらず、それでも依然として生物学的な性と性の自己認識の不一致に悩んでいる人、ようするに性同一性がまだ欠けている人に対してのみ、次の手術療法を認めてもいいですよ、といっています(p.131, 2000年)。性同一性の欠けていない状態を目指すのが、「性同一性障害」に対する治療だったということでしょう。


私と高井さんの2023年『トランスジェンダー入門』では、性同一性はオセロの盤面とは異なるところにすでに配置されていて、それに合わせて色を変えて一貫性を持たせようとする人が多い(なお行き場のないノンバイナリーの人は、オセロの盤面をひっくり返したいわけでもないので立ち尽くしてしまうこともある)、といった方向性で話を進めていたのでした。「性同一性」の意味するものは、どこかで変わってきたのかもしれません。



第2章 なぜ性転換手術はタブー視されたか


日本でトランス医療が進まなかった理由は、1964年(昭和39年)にブルーボーイ事件があり、その判決に医師が萎縮してしまったからだといわれています。ブルーボーイ事件とは、ある産婦人科医の医師が、ゲイバーで働く3人の男性(もしかしたらトランス女性だったのかもしれません)に請われて睾丸の全摘出手術をしたところ、優生保護法に違反したとして罰せられたという出来事です。


ただし本書で強調されているのは、このブルーボーイ事件に対する裁判所の判決は、当時にしてはたいへん画期的だったという肯定的な側面です。

当時まだヤミの世界でこそこそ行われた性転換手術に関する問題が、初めて法廷という公開の場で語られることになり、裁判官たちもおそらく初めて知る世界だったにも関わらず、他国の資料を参考にしながら日本における今後の道筋を示した内容だったからです。ブルーボーイ事件で医師が裁かれたのは、正当な医療行為としてみるには対応が不十分だったというだけではなく、麻薬取締法にも違反していたからでした。

むしろ性転換手術そのものに対しては「二度とやってはいけないというトーンはどこにもなく、やるならこういうアメリカやヨーロッパ諸国、スカンジナビア諸国の前例を踏まえて、こういう条件を満たしてやって下さいと親切に提示までしていた」(p,79, 2000年)のです。ところが、性転換手術をしたら優生保護法違反で罰せられるのでは、という懸念が先立って、日本で公にトランス医療が進まなくなってしまいました。


そして30年ほど経った1990年代にようやく、埼玉医科大の原科孝雄教授が公的に動き出しました。

原科氏は乳房の再建手術に先端的に取り組んでいましたが、ペニスの再建法についても研究していました。そこへ、ほかの院長からある相談が持ちかけられます。事故でペニスが欠損してしまって根本しか残っていないという男性がいるが、どうしたらいいかという話でした。原科氏はこのペニス再建手術に成功し、のちに患者は再建したペニスで子どもができたということです。このニュースを週刊誌で知ったトランス男性であるN氏が、原科氏に自分もやってほしいと訪問しました。


「目の前にこんなに激しく苦しみを訴え、救いを求めている人間がいる。事故でペニスを失った苦しみと、生まれた時からペニスが失われた状態で生きている苦しみ。」(p.61, 2000年)

この記述が原科氏の直接の回想なのか筆者の記述なのか微妙ですが、身体的な治療を施す立場からすれば、シスの男性は「途中で障害を負った者」であり、トランスの男性は「生まれもって障害があった者」です。そして、両者ともに苦しんでいる。原科氏はまさか自分がトランスの医療に関わるとは思ってもいなかったと言いますが、結果的に着手していくことになります。



第3章 開けられたパンドラの匣


ここからは、公的な医療整備がなされていく話です。精神科医の塚田攻医師や、性的少数者の問題に取り組む高橋進博士、埼玉医大の倫理委員会の山内俊雄教授らの名前が出てきます。ほとんどゼロベースから始まったにしてはたいへん早く公的な手術が認められたということですが、今となっては焦ったいほど慎重に審議が進んでいく様子がうかがえます。


ずいぶん興味深いなぁと思ったのは、

今も昔もなのですが、トランス男性の「男っぷり」を評価する際に「髭(ヒゲ)」の登場する頻度の高いこと。ふつうシスの男性が「こんなにも男である」と評する際に、「立派な髭が生えています」とか話題にならないのですが、トランスの男性の話題になると、「こんな髭モジャの男が、女性扱いはおかしいでしょ」などと、やたらと髭=男っぷりが強調されますよね。

以前ブログでトランスジェンダー固有のルッキズムの形態を「トランスルッキズム」と名づけている人がいましたが、このようにトランス男性ばかり髭が男の証明で重視されるのも、「トランスルッキズム」なのですかね。



第4章 性を越境する人々


ここまで医療の話が続きましたが、そうすると「そうではないトランスジェンダーの人」が不可視化されることにもなります。ホルモン療法や性転換手術を必要としない人たち、自らを病だとは考えていない人たちです。

この章には、関西の自助グループ「ゲイ・フロント関西」のトランスジェンダーグループにいた森田真一さんの語りが出てきます。目指すゴールが男なのか女なのか明確にできない自分のことをXジェンダー、と呼んでいます。


森田さんの語りも、惹かれる内容でした。


「体毛とか男性的な特徴はなくなってほしいと思います。いかにも男らしい部分には生理的な嫌悪感を覚えます。女性の身体が欲しいとは思わないんですが、よく夢を見るんです。自分の胸に乳房がついている夢なんです。それも欲しいというのではなく、あるはずだという感じです(以下、略)」(p.162, 2000年)

この感覚、五月あかりさんと私で書いた『埋没した世界 トランスジェンダーふたりの往復書簡』(明石書店、2023年)ともとても似ています。


ジェンダー・アイデンティティを(男か女に)明確にするというのは、すなわち欧米の価値観の現れではないか、と森田さんは指摘しています。北米の先住民の間には男でも女でもない中間的な性としてベルダーシュという存在がいましたが、白人がやってきたことでベルダーシュ制は崩壊していきました。(p.165-166, 2000年)


さらには、「隠された性――半陰陽者たち」という小見出しで、現代でいう性分化疾患・インターセックスの人の視点も出てきます。

孫引きですが「性転換を望むトランスセクシュアルには、神経質なほど入念にチェックをし、本人の意思も確認してようやく治療されるのに対し、半陰陽者の場合、あまりにあっさりと身体にメスを入れてしまうのはなぜなのか」(p.175, 2000年)という問い。


『トランスジェンダー入門』の方でも、「性別が割り振られている」とはどういうことかを説明していますが、『性同一性障害』のとくに第4章でもそのことがしっかり書かれています。


「子どもが生まれると、親は真っ先に『男の子? それとも女の子?』と聞く。『五体満足ですか?』と次に聞く。 生まれた命に対して、そう問うこと自体、身についた優生思想の表れではないかと橋本(秀雄)氏は指摘する」(p.174)

「誕生したばかりの命を前に、外性器の形態からどっちのレッテルを貼ろうか迷う医療サイド」(p.182)

「人々は、戸籍に記載するために、ただちに外性器の形状によって男か女か判断され、それによって生き方まで左右される」(p.182)

第5章 求められる法と社会システムの整備


医療面が解決してきたとしても、まだ法整備が残っています。


『性同一性障害』が書かれたのは、特例法ができる前です。個々人がどうにか戸籍の性別変更をしようと申し立てても、「はい、いいですよ」とはそうそうなりません(ひっそり性別変更が叶った人もいたようですが)。

戸籍法にある「不適切な記載等の訂正」という項目を使って、トランスの人たちが「ほら、ここに書かれている性別が違っています」と主張して記載を変更させられたら良いものの、法曹関係者によれば「届け出のあったものを登録するのが戸籍法。女と届け出られたからそう記載されたわけで、それは間違っていないでしょ?」という理屈で承認されないようです。


虎井まさ衛さんの言葉
「社会的に安定した仕事もできず、手術代などで借金まであって、どうやって判例積み重ねていったらいいんでしょうか。それが近道で、正道だってわかっていても、実際にやれる人がいない」(p.194, 2000年)

この戸籍性別にまつわる問題はまだまだ時間がかかりますし、戸籍変更自体はできるようになったものの、2023年時点においても人権侵害である特例法の要件はいまだ改正されていません。

本書には2000年時点での諸外国における法的扱いの事例も紹介されていて、参考になります。



最後に、雑談。


のちに『トランスジェンダー入門』が刊行されるわけですが、2冊読むと時代の変化がつよく感じられます。タイトルからしてそうですよね。おそらく『性同一性障害 性転換の朝』も集英社新書から出ていなかったら、こうして23年後の私が手に取ることはなかった気がします。大半のトランスジェンダー関連本は絶版になったり、自費出版で少数部しか出回っていなかったりします。本として残る歴史は極めて狭いものです。それでもパーツを繋ぎ合わせていくと、現代につながるものがいろいろと見えてきて、改めて励みにもなりますし、「全然変わってねえじゃん」と絶望したりもします。


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