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トランスジェンダーを知ろうとしても、『埋没した世界』は誰も逃さない。

こんにちは、周司あきらです。

五月あかりさんと交わした『埋没した世界 トランスジェンダーふたりの往復書簡』が、早いところではもう発売しています。ありがたいです!Amazonでは2日後の4/17発売のようです。私(たち)の元を離れて本が独り立ちした今、色々と思うところを書き残しておくことにします。


●初っ端からトランスジェンダーのペースで話を始めたかった

明石書店さんには、書き手である私たちの意向を汲んでたくさん力を尽くしていただきました。

その中のひとつ。「はじめに」と「おわりに」は書きたくありません、と私は伝えました(あかりさんは書いてもよかったらしいのですが)。多くの本は、本編とは別に前書きや謝辞が書かれていますよね。でも、今回それを拒みました。

だからリクエストした通り、目次をめくるとすぐに2人の手紙のやりとりが始まるつくりになっています。直感的にそれが良いと思ったのです。


元はといえば本書は、どこにも公開する予定のない往復書簡でした。クローズドなネット上のやりとりから始まりました。だから私は五月あかりさんに向けて文章を書いています。五月あかりさんの方を向いて、そして時々は自分の内面を問いただして、基本的にはそのどちらかの方向を見据えながら、言語化を試みました。

読み手となるはずの「あなた」は当時存在していなかったので、「あなた」はひょっとしたら置いてきぼりになるかもしれません。こんな個人的な往復書簡に、何の意味があるのだろう?って。

しかも。集団としてのトランスジェンダーの権利回復が必要なのはもちろんでしょうが、でも、私自身は「シスジェンダー(トランスジェンダーではない多数派)に理解してもらおう」とか考えていませんでした。というか今も、そんなこと微塵も思っていません。そういう意味では「トランスジェンダーというマイノリティについて知っておいた方がいいかな......?」といった善意で読んでいただくことを、全力で拒んでいる本なのかもしれません(きっかけは何であれ、本に出会ってもらえることは嬉しいです)。



●問われるのは、あなた

しかし、だからといってこの本がシスジェンダーの人にとっては意味がない、ということにならないでしょう。なぜなら、何らかの性別を付与されて性別だらけのこの世界を生きている人、ということなら(残念ながら)全員が当事者だからです。おそらく全員が考えざるを得ない話を、この往復書簡ではしているのだと思います。


だから私はむしろ、あなたに問いたかった。


なぜあなたはシスジェンダーなんですか?性同一性ってあります?あなたが女あるいは男をやれているのはなぜ?身体を変えなければ生きていけないと絶望した日はある?性的指向は性別への影響を及ぼさないものなのでしょうか?


なぜあなたはトランスジェンダーなんですか?既存の説明に納得できている?身体を変えようとするとき、そのことは「性別」と常に絡まり合っているとはいえないのでは?トランスジェンダーであることが不可視化されてもなお、あなたはなぜトランスジェンダーだと自覚するのだろう?自身をマジョリティ的だと思うのは、どんなとき?


そもそも、シスジェンダーとトランスジェンダーは遠く離れた存在なのだろうか?本当に?


疑問は溢れ出て止まらなくなる。人々は、いったい何をしているのだろう?トランスジェンダーは「問われるべき存在」に留まらない。道連れになるのは、この「埋没した世界」そのものだ。一旦、浮上させてみたかった。この世界を。この不条理を。なぜ自分だけ逃れていられると知らんぷりしていられるのだろう。聞いてみたかったんだ、ずっと。


●個人的なことは政治的なこと、セクシュアリティもそう

「性」にまつわる事柄は、個人的な領域に押し留められてきました。でも、こんなにもありふれて、無視できないことになっているのに、素通りすることなんてできないでしょう。.......ラディカル・フェミニズム的な精神は、本書にも引き継がれているのかもしれません。


五月あかりさんと、私のセクシュアリティは大きく異なります。一見すると、かすってもいません。Aセクシュアルと、パンセクシュアルと、ポリアモリーと。異性愛以外のあり方は、これまで「トランスジェンダー」の話題と同時に語られることはほとんど見かけませんでしたし、トランス無縁だとしても、日本語で自由に読めるものとしてはやはり少なかったはずです。


『埋没した世界』はトランスジェンダーの身体にまつわる話から始まります。第1章はズバリ「身体がはじまる」です(章立ても、私が提案したものをそのまま採用してもらいました)。 やがて、ふたりの生きる物語は変容していきます。性的指向や性のあり方、性欲の点からも語らざるを得なくなりました。トランジション(性別移行)する過程で捨ててきたはずの記憶の箱をひっくり返し、不確定な未来を描き、ままならない現在を書き記していきました。

人によっては、「自分の性別そのもの」よりも、「自分が誰(何)に惹かれるのか」という性的指向やそれに類する視点からの方が考えを深めやすいこともあります。それは、ある意味ではあかりさんもそうだし、私もそうだったかもしれません。

だって、「自分の性別そのもの」を疑うのはとてつもなく重労働だからです。まずもって揺らがない大前提だと考えられています。人はなぜ「この性別は違う」と気づいたり、「性別を変える」なんて大芸当を成し遂げたりするのでしょう。正直私にもよくわかりませんでした。トランスジェンダーって何?



●トランスジェンダーの解体は、シスジェンダーの解体でもある

わずかなトランスジェンダーの物語では、「(トランス男性ならば)男だから、体も治療して“男”になるのだ」というメッセージが強くて、それに納得できなかった私は「トランスジェンダー」にはなれないのでした。トランスジェンダーの根本から、疑ってみる必要がありました。そんなとき、(結果として)トランス男性に該当する私は、シス男性からヒントを得ることもありました。


シスジェンダーの生態を考えてみると、トランスジェンダーについて分かることもありました。ふたりで手紙を交わすなかで、あかりさんがとっても面白いフローチャートを考えてくれました。本書に掲載されているので、ぜひ皆さんにやってみてほしいです。

●私の話はもういいのです

『埋没した世界』を読み終わったら、読書会とか意見交換会とかが開催されると楽しそうです。他の人が書いた往復書簡も読んでみたいです。もう、私の話はいいのです。我々は「トランスジェンダーというマイノリティのサンプルA、サンプルB」みたいな読まれ方を、望んでいません。観察対象としてのトランスジェンダーを、いつまでもやっている気はありません。個人的には、早く「男の話」をしたいという願望もあります。


おまけに、トランスジェンダーの当事者からは顰蹙を買うかもしれません。ちゃんと家もあって、仕事もあって、文章を書く時間がとれて、ある程度恋愛市場にのっていて、なんて恵まれているんだ!と。マジョリティ的で、もはや「トランスジェンダー特有の」悩みをほとんど抱えなくなっていて、ズルいじゃないか、と。本当に辛い状況にときには誰も話を聞いてくれないのだから。そうした(本人なりの)地獄を突破して余裕のある人だけが「トランスジェンダーのサンプル」としてみなされるのは不本意だ、と。そういう意味でも、「もはやマジョリティ的に生きられるトランスジェンダー」の話は、トランスの人たちからも歓迎されないかもしれません。


だからこそ、あなたの言葉も聞いてみたい。あなたの正体を、私は知らない。トランスジェンダーかもしれないし、シスジェンダーかもしれない。ある面では、その区別はどうだっていいことだってある。

ずっと聞いてみたかった。世界がどうなっているのか。あなたは、性別をどう思う?「好き」って何?この世界を変だと思ったことがある?顕微鏡で覗いてみたい。解像度を上げてみてほしい。これは一体何なんだ?ねえ、答えてよ。答えられないのだとしたら、なぜあなたは今の今までそのまま継続して人生をやってこれたの。それとも、終わらせるのに失敗したから生きている?ねえ、何なんだよこれ。


あなたに伴走者になってほしい。そして変革者になってほしい。

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